○JTA日本テコンドー協会
JTA七大精神
JTAのありかたと方針−素心の武道場 宗師範 河明生
JTAの道場のありかたについて述べます。私は、JTAは
「素心の武道場」を目指すべきだと考えております。
「素心」とは何か。「素心」とは、陶淵明(とう・えんめい、
365〜427、『桃源郷』の語源となった詩を詠む)の詩を語源としております。
陶は、不正腐敗・私利私欲の俗人に悩まされ、度々官職を辞し、貧しいながらも
晴耕雨読の隠遁生活を志していました。やがて陶は南村という田舎に引っ越し、
次のような詩を詠みました(訳・河)
昔欲居南村(昔、南村に住みたいと欲したのは)
非為ト其宅(占いによるものではない)
聞多素心人(ここには素心の人が多いと聞き)
楽輿数晨夕(ともに楽しく暮らしたいと思ったからだ)
懐比頗有年(長い間、考えてきたが)
今日従慈役(今日、それがかなった) <以下、詩を省略>
安岡正篤(在野の漢文学者、「平成」元号創始、故人)によれば、
「人間の心はもともと純真なものですが、名利を追うに連れて汚れに染まり、
欲望や野心からさまざまな色がついてきます。そんな汚染や着色を嫌って、
本来の純真に返った心のことを
中国の詩人陶淵明は素心を呼んでいます。」
(塩田潮『昭和の教祖安岡正篤』文藝春秋、189p)
<続きは
コチラ から…>
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○岡山・神戸道場
岡山・神戸道場では
テコンドーの「蹴美」
そして「競和」を目指します。
「競和」とは、他を否定して勝つ喜びより、
他と共に成長し、自己実現していく歓びを求める哲学です。
(竹川信彦著『相手を活かす競争の原理』風詠社)
試合の勝敗や、蹴美のレベルなど、他人と比べることで
自分を肯定または否定することは、
大きな成長は望めないのではないでしょうか。
対立し足を引っ張り合うよりも、お互いを認め合い、仲間みんなで切磋琢磨。
共に良い汗をかき、、共に成長していくことこそ
テコンドーの存在意義があるように思います。
テコンドーを通じ、自他共に肯定し、
成長する「競和」の精神を実践していくことが、
岡山・神戸道場の目標です。
「岡山&神戸テコ家族のブログ」テコ哲学『競和』
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